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2008年7月 のアーカイブ

向日葵 HI・MA・WA・RI

2008年7月31日 1件のコメント
 
HIMAWARI-1
 
 

夏になれば思い出す。
 
なたが育てていた、
 
小さな庭いっぱいの向日葵を。
 
ぼくはその種をもらい受け、世田谷に持ち帰った。
 
小ぶりの花が太陽に向かって、
 
それでも誇らかに開いてくれた。
 
あれから引越しをして、
 
向日葵のことは忘れていた。
 
この夏がくるまでは。
 
あなたはもういなくなった。
 
二度と逢えない人になった。
 
東の空の向こう、
 
入道雲のさらに先で、
 
向日葵はまだ咲いているだろうか。
 
その種は運ばれて、
 
いのちをつないでいるだろうか。
 
空を見上げて、
 
立ち止まり、
 
そ知らぬ顔で、
 
あなたを想う。
 
向日葵は今日も太陽に向かっている。
 
だから泣きはしないが、
 
少しだけ許してほしい。
 
そうささやいて、
 
今日、ほんの一瞬、
 
思い出の夏を、
 
抱き締める。
 

 
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インカローズ

2008年7月30日 コメントする
 
INKAROSE-2 
 
 
幼い君が欲しいとねだったのは、
 
インカローズのペンダントだった。
 
幾重にも、薔薇色の美しい模様が織りなされていて、
 
誰もがあこがれる、
 
愛と幸福に満ちた人生を意味するという。
 
それはインターネットのオークションサイトだったから、
 
以外に安く手に入れたのだけれど、
 
それでもぼくが驚くと、
 
君は「だって誕生日のプレゼント!」と言って、
 
目を丸くして訴えた。
 
そう、忘れていたのはぼくだ。
 
そして、ぼくはとても君には甘い。
 
けれども、ぼくは後で泣いたのだ。
 
君は意味なんか知らないまま、
 
ただその石に魅せられたのだが、
 
君は、切実に愛を求めていた。
 
ほんらい、あふれるほどの愛の海で育つべき君は、
 
乾いた砂漠の上をずっと歩いてきたのだった。
 
君の人生が誰よりも輝くように。
 
あふれる愛が君に降るように。
 
ぼくは心からの祈りを込めて、
 
君に贈る。
 
インカローズ。
 
永い眠りから目覚めた大地の薔薇。
 
君よ、
 
必ず幸福になれ。
 
 
 
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心老いた男

2008年7月29日 1件のコメント
 

Keplers_supernova

 
 
心の老いた男の口癖は、次の2つだ。
 
「俺たちが若いころは…」
 
「今の若い奴等は…」
 
つまり、自分が若いころはもっと無茶をしていた、ということと、
 
今の若者は軟弱だ、という点に尽きる。
 
だが、そのように「過去」を語って見栄を張るあなたには、
 
「現在」をどのように生きているかを誇る言葉がない。
 
「未来」をどのように創造するのかを示す言葉はもちろんない。
 
そうして若い人々を本当は何も知らない。
 
確かにあなたは、若い日には懸命に未来に挑んでいたかもしれない。
 
だが今はどうなのだ。今は未来を開拓してはいないのか。
 
このまま愚癡ばかりこぼして、
 
老いさらばえて死んでいくのを待つのみなのか。
 
どうか、それを自身に問ってほしいと願う。
 
 
若いということは未完成だということは当然だ。
 
だから未来を目指す。
 
だがあなたは、まだ未完成であるばかりか、
 
あなたの未完成を固定化して澱んでさえいる。
 
もっともぼくも、危うくそうなりかけるところだった。
 
だが、ぼくは自分に見切りなんぞ付けたくはなかったので、
 
どこまでもまだ未開拓な自分の可能性に賭けることにした。
 
そうすると、若い人々の中に、
 
あふれるほどの才能やきらめきを発見することができた。
 
そうして、その人々から学ぶことを覚えた。
 
現に、若い人々は、
 
あなたの「過去」を自慢する言葉を笑顔で聞いているではないか。
 
度量が広いのはどちらなのだろう。
 
ぼくは若い人々とともに未来の建設に生きようと思う。
 
人間は未来にこそ生きる存在だという確固たる信念。
 
ぼくはやっとそこに辿り着いたのだ。
 
 
 
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夜の病室で君は

2008年7月28日 1件のコメント
 
AURORA
 
 
カーテンが閉じられた夜の病室には、
 
月明かりも届かない。
 
わずかな喧騒は、それでもときおり、
 
都会にいることを思い起こさせるけれど、
 
君は一人、痛みをこらえながら眠る。
 
君よ。
 
君は強い子だ。
 
君はその痛みの向こうに、
 
快活な朝が訪れることを待っている。
 
生きることと向き合いながら、
 
生きようとする自分の本質に目覚めながら、
 
君は明日の自分をイメージし、
 
人生というステージでの微笑みをトレーニングし、
 
これまでの茫漠として像を結ばなかった、
 
自分自身という実体が、
 
確として存在していることを信じるようになる。
 
 
君が元気になったら、
 
風の舞う丘でダンスをしよう。
 
踊り、歌い、
 
青空に生まれては消えていく白い雲に心を重ねよう。
 
それが生きることだと、瞳に太陽の光を取り入れて、
 
手を結んで、血の温もりを分かち合おう。
 
あれは寒い日だった。
 
ぼくもまた幾つもの輸血や輸液の針を腕に差して、
 
身動きひとつできなかった。
 
そのようにしてたった一人の誕生日を迎えたことがあった。
 
痛いだろう。
 
苦しいだろう。
 
切ないだろう。
 
それはぼくの胸を貫いて血を流す。
 
君よ。
 
ぼくは君を信じる。
 
だから祈る。
 
君よ、決して負けるなと。
 
 
 
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孤独

2008年7月27日 1件のコメント
 
6つの大型銀河団-A
 
 
君よ、孤独を嘆くな。
 
 
愛されないと泣くよりも、
 
 
愛しようとすることだ。
 
 
君が誰かの心を開いていく。
 
 
そうすれば、それでも君は一人だが、
 
 
決して孤独ではなくなる。
 
 
 
君が笑顔になる。
 
 
すると世界に笑顔があふれはじめる。
 
 
君が太陽になる。
 
 
すると世界の闇は晴れていく。
 
 
それが原理なんだ。
 
 
 
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嫉妬

2008年7月26日 コメントする
 
6つの大型銀河団-B
 
 
嫉妬は醜い。
 
自分の不運を嘆き、幸運なものを恨み、
 
自分の小ささに目をつぶり、大いなる者を恨み、
 
そうして相手を破壊しようとさえする。
 
それは結局、自分自身の破壊に繋がっているというのに。
 
嫉妬心は、どこからくるのか。
 
それは他より勝りたいという願望からくる。
 
競争はいいことだ。
 
だが、自分より勝っているからといって相手を排撃することは、
 
それじたいが、自分を落とし込めていることだと気付く必要がある。
 
嫉妬心は、自分の卑小さの裏返しだ。
 
自分の卑小さを認めないかわりに、
 
卑小ではない他者を攻撃する。
 
尊貴なる者を攻撃する。
 
しかも、事実ではない嘘さえでっち上げて。
 
人間は、元来が学ばなくては成長しない存在だ。
 
苦しみを超えてはじめて成長しうる存在だ。
 
その自身の小ささや苦しみを乗り越えようとしない者が、
 
嫉妬心に焼かれる。
 
だが嫉妬する者よ。
 
それはあなたを滅ぼすが、
 
あなたが嫉妬ゆえに攻撃し、排撃する者は、
 
さらに逞しく成長することを知らなければならない。
 
嫉妬する者は哀れだ。
 
それは自らを卑小なる者であることを、
 
宣伝しまわっているようなものだ。
 
ぼくらはまだ何も知らないのだ。
 
いくら知っても知っても、
 
さらに難問は無限に待ち受けているのだから。
 
人間に限界を設けてはいけない。
 
自分に限界を設けてはいけない。
 
学ぶことの喜びをこそ、
 
ぼくらは共有しようではないか。
 
 
 
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あなたを諦めるな

2008年7月25日 1件のコメント
 
Large_mc_arp_750pix
 
 
誰もがぼくの未来について諦めたとき、
 
それでもぼくは、ぼくを諦めなかった。
 
どんなに酷い絶望的な状況に置かれても、
 
ぼくは、ぼくの人生に決死で食い下がった。
 
そのとき、ぼくは本当の友と贋の友を見極めることができた。
 
それは重大なことではあったが、
 
それ以上に大切だったことは、
 
ぼくがぼくを決して諦めなかった、ということだ。
 
人生には、時にとんでもないことが起きる。
 
ぼくが絶壁に立っていることをいいことに、
 
強い風がぼくを漆黒の無限の闇に突き落とそうと吹く。
 
多くの仲間が「彼はこれでもうおしまいだ」と思った。
 
ものかきのある先輩は「あなたには才能のカケラもない」と笑って去った。
 
そんなとき、
 
落ちてなるか、諦めてなるかと、
 
ぼくが這いつくばってしがみついたのは、
 
ぼくの生命そのものだった。
 
それでもぼくは生きている、ということじたいだった。
 
誰も信じないときにこそ、
 
あなたはあなたを信じて欲しい。
 
誰も諦めるときにこそ、
 
あなたはあなたを諦めるな。
 
思い返してみるがいい。
 
人生には、悪いことのほうが確かに多いだろうが、
 
暗闇から突然太陽の光が差したときもあったはずだ。
 
人生はドラマティックに変転する。
 
あなたがあなたを決して諦めないとき、
 
やがて闇のほうが諦めて退く。
 
それは疑いようのない真実だ。
 
だからあなたよ。
 
どんなときもあなたを諦めるな。
 
あなたの未来を諦めるな。
 
あなたは生きている。
 
それは、あなたが希望の存在だということだ。
 
だからあなたは、あなたの生命をこそ固く握り締めて生きるのだ。
 
それは必ず光を発するのだから。
 
生命の尊厳とは、
 
観念の言葉ではない。
 
まずあなたがあなたを諦めないことからはじまる、
 
あなたがそのことによって獲得する、
 
内実をともなう言葉であり、真実の言葉なのだ。
 
 
 
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10000ページビューへの御礼

2008年7月24日 1件のコメント
 
本年2月1日、このブログを立ち上げてより半年足らず。
 
本日、ページビューの合計が10000を突破いたしました。
 
「KOBE Diary」は、<ものかき>である私が、
 
自らに「毎日、書く」ということを科すためにはじめたものです。
 
たったお一人でも、見てくださる方がいれば、
 
それだけでもうれしいことなのに、
 
このようなたくさんの方々が訪問してくださるようになり、
 
ただただ感謝の言葉以外にはございません。
 
本当にありがとうございます。
 
これからも精進を重ね、さらに書き続けてまいりますので、
 
どうぞ何とぞよろしくお願い申し上げます。
 
   Kenji Oka
 
 
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生きるということの驚異

2008年7月24日 1件のコメント
 
Lagoon-Nebula-16-06-2002
 
 
ぼくたちは、毎日を何となく生きているように見えるが、
 
けれども体の細胞は、この生命体を保とうと、
 
つねに、瞬間瞬間、懸命に努力を重ねている。
 
たとえば、無数の皮膚細胞が、毎日、死滅と生成を繰り返している。
 
血液は細菌と戦い、酸素をすみずみまで運び、
 
心臓は柔軟に各部位の活動に対応しながら動きを止めず、
 
肺は呼吸を促して酸素を取り入れて燃料とし、
 
肝臓や胃や、他の臓器のすべてもまた、
 
それぞれの持分を懸命に維持し、活性化させようと働く。
 
そして脳は、それぞれに指令を出し、要求を聞き、
 
肉体を保ち刷新し、精神を呼び覚ます。
 
そうして何億もの細胞が団結し、調和しようとしながら、
 
「私」という一個の人間をかたちづくっているのだ。
 
良く考えれば分かることだが、
 
「私」は、自分自身を所有しているように見えて、
 
実は、自分自身の肉体や精神の要求に、応えようとして動いている。
 
あなたが眠るとき、あなたは肉体と精神をリフレッシュさせようというあなたの本能に従っている。
 
あなたが食事をするとき、あなたはあなたという実体を持続させようとしているあなたの本能に従っている。
 
あなたが悩むとき、あなたは困難を超えたいという精神の本源的な働きに従っている。
 
「私」という意識は、たとえば、この血液の流れをコントロールしている主体でさえない。
 
それを動かしているのは、もっと別の力だ。つまり生命そのものだ。
 
むしろ「私」は、この肉体や精神の指令や要求に従って行動しているだけだ。
 
つまり、
 
「私」という意識は、私の肉体や精神の所有者でも監督者でも庇護者でもない。
 
むしろ、
 
私の肉体や精神こそが、「私」という意識の所有者であり監督者であり庇護者だ。
 
だからあなたが、あなたや他者の生命に干渉するということは、
 
所有者のように振る舞うことは、
 
生命に対する傲慢である。そこに戦争そのものが犯罪である根拠がある。
 
あなたは、生きている。
 
それ自体が、ひとつの大きな驚異だ。
 
ぼくたちは、自分や他者の生命に対して、もっと謙虚であるべきだ。
 
そうして、あなたや他者が、もっとより良く生きることに、
 
持てる力と知恵を使おうではないか。
 
 
 
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遠い呼び声

2008年7月23日 コメントする
 
馬蹄星雲 馬頭星雲
 
 
いつからかぼくは、その呼び声を聞くようになった。
 
空を見上げれば、その空の遥か彼方から、
 
森に分け入れば、その森の奥深くから、
 
海を見つめれば、その海の遥か彼方から、
 
声は聞こえてきた。
 
その声は、ぼくの心の深層部にある弦を響かせて、
 
ときに音楽になり、ときに視覚的なイメージになり、
 
ぼくの表層に立ち昇ってきた。
 
それは、生命そのもののリアリティに関するものだ。
 
生きることがリアルであること。
 
たとえば血が匂い、血が熱を持ち、自らが生きて、
 
ぼくの体を流れている、
 
いや流れようという意志を持っているといった、
 
すべてのリアリティ。
 
その声は、
 
地球が誕生するよりもさらに古くから響く、
 
およそ宇宙の存在にも関わる、
 
生命の根源的な力そのものの声なのだろう。
 
ぼくは、その声に励まされている。
 
ぼくが生きて生き続けようとすることは、
 
その声に応えることだ。その声の望みだからだ。
 
ぼくは、生きることを蔑むなと叫ぶ。
 
生命体として、ましてや人間として、
 
この世界にかたちあるものとして存在している。
 
それが、どれほど尊く、貴重で、在り難いことなのかと、
 
その声はうたい続けているからだ。
 
 
 
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