Q,「国家」とは何か?
A,他国に認証されてはじめて、そう名乗ることが可能な概念である。
Q,そもそも「日本」は、「国家」なのか?
A,国際法的な慣習によれば、「国家」の定義としての「主権」「国民」「領土」が一応ある。
だが、あなたよ。よく考えてくれたまえ。
「国家」とは、きわめて近代的な、西欧的な概念だ。
覇権を争った戦乱のあげく、ヨーロッパの「国」の権力者たちが、
お互いに疲弊することを厭って、編み出したものだ。
「お互いの権力を存続するために、お互いが『国家』を名乗ろうじゃないか」と、
「それぞれの権力が及ぶ境界線は、ここらに引こうじゃないか」と、
妥協しあって生まれた産物なのだ。
だから、
台湾は、きわめて国家的はあるが、「国家」ではない自治エリア。
コソボ独立は、きわめて国家的なるものの誕生だが、「独立を認めない」という国にとって「国家」ではない。
中国は、現在の「国家」としての「主権」「国民」「領土」を手放さないために、「民族」を封圧する。
未だ「国家」たらざるパレスチナは、イスラエルの侵攻にさらされて、未だ「国境線」を相互に認証できない。
「日本国」が、「国家」であることを概念化させたのは、実は明治になって、
西欧諸国との緊迫した関係の中で、突然、それを位置づける必要が生まれてからのことだ。
「国家」とは、そのような相対的で、変容し続ける概念だ。
「国家」とは、権力者にとっては、重々しい概念だ。
だが、わたしたち民衆にとっては、わたしたちの幸不幸を取り乱すだけのものだ。
ぼくたちは、「国家」によって保護されている?
パスポートがなければ、外国には行けない?
たしかに、その通りだ。だが、歴史を見たまえ。
ポーランドは、一時期、国家としては消滅していた。歯向かうものは迫害され殺された。
琉球王国は、明治初頭に、無理やり「日本国」に組み込まれた。歯向かうものは迫害され殺された。
日本の占領によって、韓半島の人々は、突然「天皇の子」にされたりした。歯向かうものは迫害され殺された。
戦闘が終わったその日から、フランス国民や、ドイツ国民になったりした。歯向かうものは迫害され殺された。
そして、いまなお、「国家」の名のもとに、殺戮が、破壊が繰り返されている。
もう、たくさんだ。いいかげんに、してほしい。
そこで、あなたよ。よく考えてくれたまえ。
日本国憲法は、「主権が国民に存することを宣言」している。
主権とは、「至上であること」を意味する。
つまり、法的に、でさえ、あなたこそが、至上なる存在なのだ。
もっとも尊貴な存在が人間であることの、この宣言は、日本国憲法のみに存するのではない。
それは、
第二次世界大戦が勃発し、原爆が使用され、人間があまりにも多量に殺害され、
人類の存亡さえ危惧されはじめ、
「国家」の意味が根本から問われ出した、まさにそのときに、人類が獲得し、
いまも全地球に広まり行こうとしている、人類の英知、そのものなのだ。
それを、忘れないでほしい。
あなたこそ、崇高な、至上の存在なのだ、ということを。

海は、大地と大地を結ぶ。「国境線」など、人為的なものだ。
鳥たちが、それをいちばんよく知っている(神戸・ハーバーランドにて)